
私は28歳で上京してきたとき、修行することとなる設計事務所(当時、恵比寿にありました)から通いやすい範囲ということで吉祥寺にアパートを借りました。(正確には井の頭公園駅が最寄りでした)
家を探すとき、なんとなく「吉祥寺=住みやすい街」と聞いていたので、少しミーハー的な感覚で訪れました。
緑が多く、文化的で(古書店や雑貨店、ミニシアターなど)がたくさんあり、とてもわくわくしてここに住まうことを決めたのを憶えています。(実際は設計事務所の業務が忙しく、街をめぐる時間はそれほど持てなかったのですが…。)
そんな思い出深い吉祥寺でいただいた、リノベーションのご依頼です。

クライアントはとても穏やかで素敵なご夫婦。
当時80歳の旦那さんと71歳の奥さん。いつもおふたりに会うと、やりとりや、そこに流れる空気感が心地よいなぁと感じています。(私もいつまでもこんな夫婦でいれたらなと思います。)
最初の打ち合わせで、以下のようなお話を伺いました。
・山梨の自然豊かな場所に引っ越すことを決めた。
・現在住んでいる吉祥寺のマンションは売却するが、吉祥寺には定期的に来る用事があるので、セカンドハウスをつくりたい。
・事務所で使っていた一室があるので、そこを改修して、住まいとしたい。
下の写真は工事前の事務所の様子です

まずは残っていた図面を見せていただき、現場に伺いました。
おおよその面積は46㎡(約14坪)。けして広くはありませんが、ここで快適に住まえて、ときどきお友達とお茶をしたりできる場所になるよう、設計をしていきました。
写真を見ていただいてわかるとおり、天井に貼られた木が玄関から寝室、食堂、居間へと繋がって行き、そこでアーチを描くように住まう人を包み込むような空間としました。

小さな空間でも窮屈さを感じないようにするには、境界を作りながら境界をなくしていくことが大切だと思います。
これは、「ただワンルームにすればいい」というわけではなくて、きちんと居間・寝室や水回り、玄関などの部屋の仕切りは作り、プライバシーや落ち着きを確保します。そして、それらが柔らかく繋がっていくことで面積以上の広さを感じさせる、ということを考えながら設計しています。

また、小さな住宅でも「余白をしっかりとつくる」ことが重要だと思っています。
この住宅では、玄関正面に配されたニッチ棚であったり、居間へ向かう廊下部分はあえて真っ白な何もない壁にしています。
こういった余白は、住まう人の個性を加えたり、そこに自然光の移ろいが描かれることで、空間をより豊かにしてくれます。
(クライアントは芸術にとても造詣が深い方でしたので、「こういった余白をぜひギャラリーとして活用してほしい」と提案しました。)


完成した空間はコンパクトだからこそ、心地よく、手触りのよい住宅になったと思っています。
当初、旦那さんは「自分が先立った後、奥さんがここで安心してくらせるように。」とおっしゃっていましたが、この住宅が完成した後、「この住宅を楽しむために、もっと長生きしなきゃな。」と言ってくださったのがとても印象的で、本当に嬉しかったです。
クライアントと私の対談が下記からご覧いだだけます。
そこに住む人の生の声を聴ける貴重な動画となりました。ぜひご覧ください。
Date : March , 2025
Location : Musashino-City , Tokyo
Builder : Art Jutaku
Furniture : SOLIWOOD PRODUCTS
Kitchen : crafson
Steel : Aizen Studio